昭和の「刀狩り」

太平洋戦争が終結した後、完全に日本を管理体制下においたGHQによって、大規模な日本刀没収政策が行われていたことをご存知でしょうか。これは「第二の刀狩り」と呼ばれているようで、日本刀が日本軍の精神的支柱であると考えていた連合国軍により実施されたものだと言われているようです。これは戦時中、戦場での斬首や、軍刀を振り上げた指揮官を先頭にして全滅覚悟の突撃を行う日本兵の姿、敗将の割腹という、日本人以外には理解し難い事態に、常に日本刀が関わっているではないかという考えがあったためであるとされ、日本の再軍国化を防ぐには日本刀の排除は必要不可欠であるという考えから実施されたものであるようです。

こうしてGHQによる「昭和の刀狩り」は大規模に、また徹底的に行われ、数多くの名刀が廃棄されたり、海外に流出したりする事態になったとされています。しかし日本は黙って従ったわけではなく、日本刀が武器としてだけでなく、古来より神聖なものとして祀られてきたことや、神社の御神体として信仰の対象となっていること、また、刀匠は芸術家であり、日本刀は美術品としての価値も高いこと、更には、日本刀を家宝としている家もあるといった、日本ならではの日本刀の文化的存在価値を述べ、武器ではないと主張したとされています。その結果、アメリカ軍からの「日本刀はすべて没収」という強硬な意見を押しのけ、GHQは最終的に日本側の申し出に寄り添い「宗教的に崇拝されていたものや、美術品としての価値がある日本刀は残す」という決断を下したとされており、多くの名刀は消えてしまったものの、現在、美術館や博物館で所蔵されている名刀などが守られたとされています。

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